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 「D 吉野君のこと」   (2014/09/26)

  2014年9月17日 D 吉野君が永眠されました。
  下記は、同期であり、職場も同じであった萩原君から寄せられました

  

              吉野君のこと                     3G 萩原

 葬儀場の『思い出コーナー』に、草野球のユニフォームが何着か置かれていて、「続いて
 いたんだな」と思った。白中入学時の別所小出身者で、あらかじめ顔と名前を知っていた
 のは、小学校のソフトボール対抗戦でファーストを守っていた吉野君だけだった。

 後年、同じ職場で働くことになったが、顔を合わせる機会は少なかった。吉野君は30歳
 くらいから入院することしばしば、見舞った病院での記憶の方が残っている。話好きで、
 患者なのに大丈夫、と思うほど良く喋る。話題は次から次へと飛ぶ、何がテーマだったか
 分からなくなる。でも、それぞれの話には吉野君なりの落とし処が用意されていて退屈し
 ない、で、たちまち一時間。

 最後の見舞いになってしまった時には、自筆の患部の図解ノートを見せてくれて、明解
 に病状を説明してくれた。"入院慣れ"の吉野君ならではの事、と思いながら別れた。冷静に
 自分の状況を把握していたのだろう。とりとめのない、けれど、楽しい話を聞くことがで
 きなくなってしまった。
 
  本当にお疲れさん、吉野隆君。


                                                      
                   テニス部


   
                       2013年5月 15回同期会D組
       
 小中9年間まとまった会話をしたことがない私が、下記地図をネタに2013年に初めて多少まとまった会話をした。
 「比較的正確、我が家の位置は正確」との吉野君の感想だった