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2014年9月17日 D 吉野君が永眠されました。 下記は、同期であり、職場も同じであった萩原君から寄せられました 吉野君のこと 3G 萩原 葬儀場の『思い出コーナー』に、草野球のユニフォームが何着か置かれていて、「続いて いたんだな」と思った。白中入学時の別所小出身者で、あらかじめ顔と名前を知っていた のは、小学校のソフトボール対抗戦でファーストを守っていた吉野君だけだった。 後年、同じ職場で働くことになったが、顔を合わせる機会は少なかった。吉野君は30歳 くらいから入院することしばしば、見舞った病院での記憶の方が残っている。話好きで、 患者なのに大丈夫、と思うほど良く喋る。話題は次から次へと飛ぶ、何がテーマだったか 分からなくなる。でも、それぞれの話には吉野君なりの落とし処が用意されていて退屈し ない、で、たちまち一時間。 最後の見舞いになってしまった時には、自筆の患部の図解ノートを見せてくれて、明解 に病状を説明してくれた。"入院慣れ"の吉野君ならではの事、と思いながら別れた。冷静に 自分の状況を把握していたのだろう。とりとめのない、けれど、楽しい話を聞くことがで きなくなってしまった。 本当にお疲れさん、吉野隆君。
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