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 「子供の頃の遊び、どんな遊びをしていたか」No.4 (2013/01/30登録)

 
 2013/01/30 F t.t

  
 一本杉に関連して、


  針ヶ谷の一本杉

 浦和の一本杉と言えば、まずは、「針ヶ谷の一本杉」のようです。

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   「文久4年(1864年)1月23日の朝に、水戸藩家臣・宮本鹿太郎とその後見人3名が、
  千葉周作門下の元・丸亀藩浪人・河西祐之助を父の仇として討ち、4年越しに本懐を遂げたという、
  「一本杉の仇討ち」の現場と伝えられる。
  河西は乗り合わせた舟中で宮本の父と口論となり、その命を奪ってしまった者であったが、
  その後、僧となるために江戸へ下る途中であった。 河西を哀れんだ村人が供養塔を建てたが、
  今はそれも失われ、「一本杉」と刻まれた石碑がひっそりと建つばかりである。」
        (ウィキペディアより)
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  (北浦和の廓信寺に河西祐之助の墓があるとか。)

 1864年といえば、幕末の池田屋事件の年。中山道、浦和宿にこんな事件があったということです。
        針ヶ谷一本杉跡



 窃盗未遂事件

 針ヶ谷と言えば、この辺に常磐(トキワ)中学、新潟鉄工、陸上運動場が有ったと思いますが、
 今、地図を見ると、自分の昔のイメージとは、かなり違うようです。

 中学サッカーの大会はいつも常盤中学が会場でした。当時、グラウンドの隅っこで着替えを
 するのですが、そのような時、学校のチャイムが鳴ると、誰かが必ず「あっ、トキワカネナリ」
 と言い、いつも同じように、皆が笑いました。

 ある大会の時、ある人が「あそこに、ボールが有る、頂いて行こうか。」と言い出して、終には、
 バックにボールを入れました。
 暫くして、ボールを捜している一人の先生と生徒数名が近づいて来て、
 「この辺にボール無かった?」、「バックを調べさせてもらう。」ということになり、
 最終的に見つかってしまいました。
 その先生こそ、後に高校サッカー界で全国区で有名人となった附中のM先生でした。

 卒業後、登校途中にお会いしたら、M先生が会釈してくれましたので、他校の生徒を覚えていて
 くれたのかと思い、とてもハッピーな気分となりました。
 盗難事件で顔を覚えられたのかも知れませんが。

 犯行現場近辺には、我が顧問の先生も居ましたが、特に体罰等のおとがめは無く、
 「バカやろう。やるなら、もっとうまくやれ。」とか言われたような気がします。
        常盤中学



 体罰

 体罰と言えば....
 我々が入学する前の年まで、白中サッカー部は負け知らずであることが記録に残っています。
 当時、強かった附中でも、「今日の相手は白中なので、負けだ。」と試合前に言っていたようです。

 1年生の時、3年生のキーパーから聞いた話ですが、
 「シュートを補球して、得点を免れたが、ボールの返し方が悪いということで、
 ハーフタイムに先生に革靴の踵で頭を殴られた。」ということです。

 今であれば、体罰として関係者総取替になるところかも知れませんが、その名監督Q先生は、
 衆議院議員F(後に議長)の引きもあり、県の教育委員か指導主事になったとかと聞いています。
 現在との50年以上の時代の隔たりが感じられます。

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  「そして注目すべき新しい流れが生まれます
  埼玉師範優勝メンバーの一人である池田久氏が浦和市立白幡中学へ赴任され
  熱心に生徒を指導しサッカーの強豪チームを創りあげます

  それに刺激された氏の後輩達は打倒白幡中のスローガンを掲げて生徒を指導し
  新たに埼玉大学を卒業して先生となりサッカーの指導をする人達も加わり
  浦和を中心として埼玉各地の中学校でのサッカーは目覚しい勢いで成長をとげるのです
  常盤、埼大付属、本太、大原、木崎、岸、等等の浦和市内の中学校をはじめ
  与野市、東松山市、児玉町等からも次々と強豪を輩出します。
  後に浦和南高校で赤き血のイレブン伝説を作る元日本代表GKの松本暁司氏も
  埼玉大学卒業後は埼大付属中で指導されていたのです 

  当時、中学生年代では全国規模の大会はありませんでしたのが
  もしあったならば きっとすごい事になっていたと想像されます」
     (レッドリボン ホームページより)
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 東の台
 
 下記の地図の緑矢印は総て下り坂道であり、その高低差は10m以上あるかと思われます。
 それぞれの坂は子供の遊び場であり、赤線の右側は高台で、左側は一面の田んぼでありました。
 この高台がバス停の名としてある「東の台」なのか、としたら何故、「東」なのか、
 別小校歌にある「東雲(しののめ)台に花かおる」の東雲台と同じなのか、いまだ疑問なところです。

 ところで、地図の更に右側(赤破線)に土地の低いところがあるので、別所から街へ行くには
 坂の登り降りが必ず必要です。
 これらの坂も結構きつく、製氷工場の脇を青果店のオート三輪が登り切るかはヒヤヒヤものでした。

 たまに駅から構内タクシーに乗ることがありましたが、ちょうど家の前で、しばしばメータがあがるので、
 少し手前で止めてもらったりしたもんです。

 タクシーに乗った時、いつも感じていたのは、県庁の所は下り坂のクランク道路であるので、
 運ちゃんはスピードを上げて、コーナーを追い込んで楽しんでいるのではないかということです。

 そのせいか、コジマ薬局には数回、車が飛び込んだとかで、店の前は分厚いコンクリートの壁が
 ありましたが、現在では、渋滞でなかなかスピードを出せるないのか、
 普通のガードレールになってます。
        県庁前



 別所のフロンティア

 下図、赤線と青線の道のわきには、それぞれ用水があり、小さな橋の下に笹舟を流し、
 「あっ、舟が、こっちへ来た来た」と橋の下を覗いて、小さい頃は遊んだものです。
 中学の頃は、同じ所に、2B弾を投げて遊んだりしました。

 時が経て、田んぼの真ん中に、同期の伊東邸(I)、岩崎邸(J)が出来、これが言わば
 別所のフロンティアで、ウェスターン(西部開拓)でした。

        地図

  青丸:同期の家
  A:小学校同期のタケトミくんち
   庭の中に坂があり広いので、毎日勝手に遊んでいたら、
   ついに、おばさんに呼ばれ
   「ここはうちの庭ですよ。勝手に遊ばないで、先生に言いますよ。」
   と言われてしまった。
  B:某会社社長邸、庭の中に坂があり、1ブロック全てが敷地
  C:いつもドラム缶があった。発明家の研究所とか。
   子供の丈程の藪のある坂の斜面があるため、探検ごっこの場所。
  D:関東レザー、小学校の工場見学、勝手にゴミ箱からレザーをもらって来ていた。
  E:童話作家邸
  F:以前話題になったレンズ工場
   

 別所の一本杉 

 別所の一本杉について、
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  「別所小学校にあがるまえだったろうか?
  春が来て暖かくなると、近所の友達と連れだって、
  一本杉へと出かけたものだ。
  坂を下りていくと、
  そこには小さな沼があって、杉の木が一本だけあった。
  すぐそばには小川が流れていた。周りには住居もなかった。
  あっても僕たちには、見えなかったのだろう。
  手には細くて長い竹の棒、その先には糸が結び付けられていた。」
   (かるわざ均整師のブログより)
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 とあります。

 沼は記憶しています。杉があったのか、一本だったのか、数本あったのかは覚えていません。
 「底なし沼なので、入ったら出てこられないので、近寄るんじゃない。」
 と言われたような気がします。
 「底なし沼っていうことは、入ったら、ブラジルまで行ってしまうのかな。」思ったものです。

 寛ちゃんの「うたごえ」も行われている別所公民館には一本杉学級とかがあり、一本杉の跡地と
 聞いていました。地図を見ると図中Hのようですが、一本杉は、図中Gではなかったかと
 記憶しています。
 近くと言えば近くですが、子供的には、Aくんちの右側か左側かは、大きな違いです。

 アバウトにこの辺ということで、別途、正確な位置は分かっているということでしたら
 問題ないでしょうが、
 アバウトな記録しかないとということでしたら、液状化とかの問題で、昔を知る地元の老人としては、
 気になるところです。

 もし、正確な位置を知っている人はお知らせください。今度、機会があったら、A君にも聞いてみよう。
        別所公民館

   

  (2013/2/10)
 「「国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システム(国土地理院)」で調べてみればどうでしょう」(G 萩原)
 との助言を受けて少し調べてみました。

  該当地域で最古のものは下記(1975年)でした。
     
  該当地点と思われるG、Hともこの年では既に住宅となっているように見えます。

  他を探すと、埼玉大 谷謙二研究室に昭和27年の地図あり(下記)。
     
  この年では、該当地点と思われるG(少し記憶とずれているが)のこの印は一本杉の沼か、
 Hは田んぼとなっています。

 よって、ここまでの話では、公民館の近所に一本杉があり、その名残が教室の名前等に残されている
 ということになるかと思われます。

 調べる過程で、沼にまつわる「まんじゃらくさま」という民話があるとか、
 そして、公民館わきに由来を書いた石碑があるとか
 いう情報もありました。


   (2013/2/12) G 萩原

 別所公民館敷地の西南角に「まんざらく」様が祀られてあります。
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 「縁起」
 この祠は、農家共有の通称一本杉と呼ばれる、
 総面積百八十四坪の灌漑用溜池の辺りに祀られていたもので、 古老の口伝によれば「まんざらく」様と称し、
 一時は信仰の対象として隆盛を極めたとのことである。
 今回近隣の発展に伴い、
 市の公民館建設用地に提供し、
 一画を分筆して、ここに祭祀した。
 昭和五十三年四月吉日
 浦和市別所農家組合
 (原文は縦書き・句読点なし)
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 「別所公民館・先輩に教わる地域の歴史」から
 その1
 一本杉の根元にマンザラク様の石の祠があり、灌漑用水の神様として祀っていた。(略)
 町田伊勢三さんが、板橋にコンクリートのお宮があるとの提案があり、500万円で買い受けた。
 基礎をしっかり作りお宮を祀った。中にご神体が入っている。
 年1回4月の花見の時期にお祭りをして、ナオライ(直会)をしている。
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 その2
 マンザラク様のお祭りについて
 現在の公民館の場所にあるマンザラク様の由来はよくわかりません。しかし,稲作に
 関連がある水神様でお稲荷さんにも関係があるようです。早魃の時に榛名山からお水
 を受けてきてマンザラク様に注ぐと雨が降ったと伝えられています。
 かつては,笹目のお稲荷さんと,一本杉のお稲荷さん(マンザラク様)とが,賑わいを
 競つたことがあるとのことです。当時は東京の吉原とか亀戸の花柳界の方々も参詣に
 みえたということです。蕨で汽車を降りて馬車で来たそうです。現在の別所坂下から別
 所沼へ通ずる公民館の前の道沿いに豆腐屋,酒屋,菓子屋という屋号の家がありまし
 たが,これも参詣者相手の商売屋の名残です。
 私の父の頃はマンザラク様の周囲に池がありましたが,年に 1回池を浚つて魚をとり,
 それを万店(マンダナ)さんで料理してもらつてマンザラク様の祠の周囲の空き地でお
 酒を酌み交わしていたそうです。その後,しばらくこの祭りは絶えていました。(略) 

 「まんざらく」とは
 宮古の民話に、地震のときにこの言葉を唱えるという記述あある。
           


  (2013/2/14)
 引き続き、「「国土情報マッピングシステム」で調べてみればどうでしょう」(G 萩原)
 との助言を受けて少し調べてみました。

 現在、公民館のある辺りと思われる所を赤丸で示してあります。
              
  (1974年)沼はないが、公民館はまだ建設されてないと思われる。       (1961年)一面樹木に囲まれている。
        記念にか、空地に木があるようにも見える。
 
       
    (1948年 生まれた年)辺り一面に樹木

 よって、ここまでの話では、私の記憶と異なり、まさに、公民館のところに、沼と一本杉があった。
 ということになるかと思われます。

 そう言えば、そうだったかなという気もしてくる。 やっぱり、A君に聞いてみよう。5/18に来るかな。


 (2013/2/17)
 民話、祭りと言えば、
 美笹地区では初午(はつうま)(2月12日)が行われると聞きました。
 小学生の上級生が中心になって、太鼓をたたきながら、
 口上を言いながら(そこには、学校では禁止用語が使われる)、
 町内を廻るようです。

 別所のお稲荷さんでも初午は行われるということですが、
 町内の子供が参加するということはなかったと思います。

 (2013/3/7)
 一本杉の風景、公民館で発見 (G 萩原)

      
 


 (以上、記述に誤りや漏れ等があるかと思われますが、お気づきの点等ありましたらお知らせください。)