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御会葬御礼
「お帰りなさい、お父さん・・・ゆっくり休んでくださいね」
定年を迎え、埼玉から鹿嶋市へ移って三ヶ月。
仮住まいのアパートから毎日の様に建設中の新居を見に出かけていた夫は、
念願のマイホームを心から楽しみにしておりました。
埼玉トヨタにおいて真面目一筋に働き続けた現役時代・・・若い頃から病気がちで苦労が多く、
仕事を続けるために人一倍の努力を必要としながらも、黙々と一生懸命頑張ってくれたお陰で私も娘も
ここまで歩んでこられたのだと思います。
その優しさと誠実な心に、ただただ感謝してもしきれません。
夫 鶴岡 豊 は、平成二十一年十二月二十三日、六十一年の生涯をとじました。
ようやく苦労が報われるという時に迎えた別れ・・・結局新しい我が家で一緒に過ごしたのはたったの十一日でした。
私達が鹿嶋へ来た意味は何だったのだろうと悔やむ思いが込み上げますが、
いつだったか、夫は私にこう言ったことがあります。
「おれは凡人だから何も残せないけど、この家は、自分が生きたという証になる」
共に喜びをかみしめた十一日間も、最後の瞬間まで病と闘い続けた夫の頑張りも、この家に刻まれました。
大変なこともいっぱいあったけれど、夫と結婚して本当によかった・・・
胸に残る沢山の思い出と共に、この家で暮らしていきたいと思います。
生前のご厚情を賜りました皆様へ、深く感謝申し上げます。
本日はお集まりいただき、誠に有難うございました。
略儀ながら書状をもってお礼申し上げます。
平成二十一年十二月二十六日
喪主 鶴岡 和美
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